青々と茂る葉の隙間に、今年も数え切れないほどの小さな実が顔を覗かせている。指先で枝を辿るたび、まだ硬く若い果実たちがそこに確かに息づいているのがわかる。この時期の木々は活力に満ちていて、その生命の気配に触れる瞬間が私は好きだ。だが同時に、それは少しばかり胸の重くなる季節の始まりでもある。
このまま自然に任せ、すべての実を育ててやりたい。そう思わないわけではない。しかし、限られた土の養分と木の体力には限界がある。実を残しすぎれば枝は重みに耐えきれず、翌年の芽吹きにも影を落とす。一本の木を守り、また来年も花を咲かせてもらうためには、今ここで実を減らす「摘果」という引き算が必要になる。
だが、まだ青く未熟な果実を一つずつ摘み取っていく作業には、どうしても割り切れない感情が残る。ぽとり、と地面へ落ちる小さな実の音を聞くたび、それをただの間引きとして済ませてしまうことに、どこか後ろめたさを覚えるのだ。木全体の未来のためとはいえ、人の都合で選別している事実は変わらない。
せめて彼らがここに在った証を残したい。そんな感傷から、今年は摘み取った青い実をバケツへ集め、台所へ持ち帰ることにした。
水でじっくり洗い、ひとつずつヘタを取っていく。指先には、青葉と土が混じったような若い香りが残った。糖度も低く、酸味と渋みばかりが際立つ未熟な果実たち。そのままでは食べられない彼らを、たっぷりの砂糖とともに鍋へ落とし、弱火で静かに煮詰めていく。
火が通るにつれ、尖っていた香りは次第に丸くなり、部屋いっぱいに甘酸っぱい匂いが広がっていった。灰汁をすくい、木べらでゆっくり混ぜ続けるうちに、青かった果実はやがて艶のある琥珀色へ姿を変える。まるで未熟さそのものが、時間をかけて別の価値へ変わっていくようだった。
完成したジャムをスプーンで少し掬い、舌に乗せる。完熟果実のような華やかな甘さはない。だが、その代わりに鮮烈な酸味と、奥に残るほろ苦さがある。それはどこか、自然の厳しさそのものに似た味だった。
木の負担を減らすための引き算が、こうして台所で小さな足し算へ変わる。瓶に詰められた琥珀色を眺めていると、摘み取られた青い季節も、決して無駄ではなかったのだと思える。
この少し渋みの残る特製ジャムをトーストに塗るたび、私はまた、葉擦れの音と庭の木々の息遣いを思い出すのだろう。