写真: ©️ bi-ta / Tumblr
[ Used with permission. ]
今日は、不思議と胸が静まる報せを耳にした。
私のことではない。それでも、誰かの手に戻った温もりが、回り道をしてこちらまで届いたようだった。
人は、わからなかったものへ触れた瞬間に少しだけ姿を変える。その変化を眺めるのは嫌いじゃない。見慣れた道だと思っていた場所に、いつの間にか新しい獣道が生まれているようなものだ。
ときには、その道が思いも寄らない場所へ続いていて、気づけば私のほうが惹き寄せられている。
「おかしくなった」
と、口にする者もいる。だが私には違って見える。ただ、心を覆っていた硬い殻にひびが入り、そこから少しだけ柔らかな光が漏れ始めただけだ。
何かが変わること、それはアノーマリーに似ている。近づけば景色が歪み、足元の感覚まで曖昧になる。その揺らぎへ身を預ければ、このまま流されてもいいと思う瞬間がある。
けれど、そのたびにどこかで声がする。
――戻れるかもしれない。
その声だけは、不思議と聞き違えない。
だから結論は急がない。ただ観察を続ける。風が草を伏せる向きや、水面へ落ちる波紋を見送るように。そうしているうちに、恐れは名前を失い、変化だけが静かに残っていく。
これを記した日は特に、脳をを使いすぎたらしい。頭の奥に鈍い痛みが広がり、意識が霧へ沈みかけた。引力の強いアノーマリーの縁へ立ったような感覚だった。
それでも、また戻らなければ と思った。
戻れば、まだ見届けられる変化がある。まだ触れていたい温もりがある。そのことだけは、痛みよりもはっきりと残っていた。
