2026/07/10

『帰る声、還らざる刻』

 



            写真: ©️ bi-ta / Tumblr 

            [ Used with permission. ]



 今日は、不思議と胸が静まる報せを耳にした。

私のことではない。それでも、誰かの手に戻った温もりが、回り道をしてこちらまで届いたようだった。


 人は、わからなかったものへ触れた瞬間に少しだけ姿を変える。その変化を眺めるのは嫌いじゃない。見慣れた道だと思っていた場所に、いつの間にか新しい獣道が生まれているようなものだ。

ときには、その道が思いも寄らない場所へ続いていて、気づけば私のほうが惹き寄せられている。


 「おかしくなった」

と、口にする者もいる。だが私には違って見える。ただ、心を覆っていた硬い殻にひびが入り、そこから少しだけ柔らかな光が漏れ始めただけだ。


 何かが変わること、それはアノーマリーに似ている。近づけば景色が歪み、足元の感覚まで曖昧になる。その揺らぎへ身を預ければ、このまま流されてもいいと思う瞬間がある。


 けれど、そのたびにどこかで声がする。


 ――戻れるかもしれない。


 その声だけは、不思議と聞き違えない。

 だから結論は急がない。ただ観察を続ける。風が草を伏せる向きや、水面へ落ちる波紋を見送るように。そうしているうちに、恐れは名前を失い、変化だけが静かに残っていく。


 これを記した日は特に、脳をを使いすぎたらしい。頭の奥に鈍い痛みが広がり、意識が霧へ沈みかけた。引力の強いアノーマリーの縁へ立ったような感覚だった。


 それでも、また戻らなければ と思った。

 戻れば、まだ見届けられる変化がある。まだ触れていたい温もりがある。そのことだけは、痛みよりもはっきりと残っていた。